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171宿屋左衛門光則への御状
171ページ
すと、之を以て之を按ずるに日蓮は聖人の一分に当り候か、然りと雖も未だ御尋に予らず候の間重ねて諫状を捧ぐ、希くば御帰依の寺僧を停止せられ宜しく法華経に帰せしむべし、若し然らずんば後悔何ぞ追わん、此の趣を以て十一所に申せしめ候なり定めて御評議有る可く候か、偏に貴殿を仰ぎ奉る早く日蓮が本望を遂げしめ給え、
172平左衛門尉頼綱への御状
172ページ
寺・大仏殿・長楽寺・多宝寺・浄光明寺・弥源太殿並びに此の状合せ十一箇所なり、各各御評議有つて速かに御報に預るべく候、若し爾らば卞和が璞磨いて玉と成り法王髻中の明珠此の時に顕れんのみ、全く身の為に之を申さず、神の為君の為国の為一切衆生の為に言上せしむるの処なり件の如し、恐恐謹言。 文永五年戊辰十月十
174極楽寺良観への御状
174ページ
極楽寺良観への御状 西戎大蒙古国簡牒の事に就て鎌倉殿其の外へ書状を進ぜしめ候、日蓮去る文応元年の比勘え申せし立正安国論の如く毫末計りも之に相違せず候、此の事如何、長老忍性速かに嘲哢の心を翻えし早く日蓮房に帰せしめ給え、若し然らずんば人間を軽賤する者・白衣の与に法を説くの失脱れ難きか、依法不依人と
178問注得意抄
178ページ
問注得意抄 文永六年五月 四十八歳御作 与富木入道外二人 土木入道殿 日 蓮 今日召し合せ御問注の由承り候、各各御所念の如くならば三千年に一度花さき菓なる優曇華に値えるの身か、西王母の薗の桃・九千年に三度之を得たる東方朔が心か一期の幸何事か之に如かん、御成敗の甲乙は且らく之を置く前立つて
179行敏御返事
179ページ
行敏御返事 文永八年七月 五十歳御作 与浄土僧行敏 行敏初度の難状 未だ見参に入らずと雖も事の次を以て申し承るは常の習に候か、抑風聞の如くんば所立の義尤も以て不審なり、法華の前に説ける一切の諸経は皆是妄語にして出離の法に非ずと是一、大小の戒律は世間を誑惑して悪道に堕せしむるの法と是二、念仏
180行敏訴状御会通
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行敏訴状御会通 文永八年 五十歳御作 当世日本第一の持戒の僧・良観聖人並びに法然上人の孫弟子念阿弥陀仏・道阿弥陀仏等の諸聖人等日蓮を訴訟する状に云く早く日蓮を召し決せられて邪見を摧破し正義を興隆せんと欲する事云云、日蓮云く邪見を摧破し正義を興隆せば一眼の亀の浮木の穴に入るならん、幸甚幸甚。
日蓮大聖人御書
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宿屋左衛門光則への御状 171ページ
すと、之を以て之を按ずるに日蓮は聖人の一分に当り候か、然りと雖も未だ御尋に予らず
平左衛門尉頼綱への御状 172ページ
寺・大仏殿・長楽寺・多宝寺・浄光明寺・弥源太殿並びに此の状合せ十一箇所なり、各各
北条弥源太への御状 173ページ
謹上 弥源太入道殿
極楽寺良観への御状 174ページ
極楽寺良観への御状 西戎大蒙古国簡牒の事に就て鎌倉殿其の外へ書状を進ぜしめ候
大仏殿別当への御状 175ページ
を加え給え、然れば日蓮を放て之を叶う可からず、早く我慢を倒して日蓮に帰すべし、今
浄光明寺への御状 176ページ
若し然らずんば堕在無間の根源ならん、此の趣き方方へ披露せしめ候い畢んぬ、早く一処
長楽寺への御状 177ページ
す可し、速かに一処に集りて談合を遂げ評議せしめ給え日蓮庶幾せしむる所なり、御報に
問注得意抄 178ページ
問注得意抄 文永六年五月 四十八歳御作 与富木入道外二人 土木入道殿
行敏御返事 179ページ
行敏御返事 文永八年七月 五十歳御作 与浄土僧行敏 行敏初度の難状 未
行敏訴状御会通 180ページ
行敏訴状御会通 文永八年 五十歳御作 当世日本第一の持戒の僧・良観聖人並
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