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711御義口伝巻上

711ページ

類いは阿闍世王なり其の故は南無妙法蓮華経の剣を取つて貪愛・無明の父母を害して教主釈尊の如く仏身を感得するなり、貪愛の母とは勧持品三類の中第一の俗衆なり無明の父とは第二第三の僧なり云云。 第四仏所護念の事 文句の三に云く仏所護念とは無量義処は是れ仏の証得し給う所是の故に如来の護念し給う所なり、下の文に

712御義口伝巻上

712ページ

一体なり、記の三の釈に約法約機・皆護念故と云うは此の意なり、又文句の三に云く「仏所護念とは前の地動瑞を決定するなり地動は六番破惑を表するなり、妙法蓮華経を受持する者は六番破惑疑い無きなり」神力品に云く「於我滅度後・応受持斯経・是人於仏道・決定無有疑」仏自住大乗とは是なり、又た一義に仏の衆生を護念した

713御義口伝巻上

713ページ

華受持の決定心に入る事なり能導於人の能の字に心を留めて之を案ず可し涌出品の唱導之師と同じ事なり、所詮日本国の一切衆生を導かんが為に説法する人是なり云云。 第七天鼓自然鳴の事 疏に云く天鼓自然鳴は無問自説を表するなり。 御義口伝に云く此の文は此土・他土の瑞同じきことを頌して長出せり、無問自説とは釈迦如

714御義口伝巻上

714ページ

釈するとは妙を以ての故に即なり円を以て即と為し三を不即と為す故に更に不即に対して以て即を釈す。 御義口伝に云く此の釈の中に一珠とは衣裏珠・即頂上珠なり、客作の人と長者の子と全く不同之無し、所詮謗法不信の人は体外の権にして法用能通の二種の方便なり爰を以て無二無別に非るなり、今日蓮等の類南無妙法蓮華経と

715御義口伝巻上

715ページ

無量とは即ち称歎の辞なり仏の実智の竪に如理の底に徹することを明す故に甚深と言う、横に法界の辺を窮む故に無量と言う無量甚深にして竪に高く横に広し、譬えば根深ければ則ち条茂く源遠ければ則ち流長きが如し実智既に然り権智例して爾り云云、其智慧門は即ち是れ権智を歎ずるなり蓋し是れ自行の道前の方便進趣の力有り故

716御義口伝巻上

716ページ

り、亦有亦空門は五字に具足する本迹なり非有非空門は一部の意なり、此の内証は法華已前の二乗の智慧の及ばざる所なり、文句の三に云く「七種の方便測度すること能わず」と、今日蓮等の類いは此の智慧に得入するなり、仍て偈頌に除諸菩薩衆信力堅固者と云うは我等行者の事を説くなり云云。 第三唯以一大事因縁の事 文句の

717御義口伝巻上

717ページ

に仏とは九界の衆生の事なり、此の開覚顕れて今身より仏身に至るまで持つや否やと示す処が妙法を示す示仏知見と云うなり、師弟感応して受け取る時如我等無異と悟るを悟仏知見と云うなり、悟つて見れば法界三千の己己の当体法華経なり此の内証に入るを入仏知見と云うなり秘す可し云云、又云く四仏知見とは八相なり開とは生の

718御義口伝巻上

718ページ

非ざるなり、正直捨方便但説無上道の行者なれば見濁に非るなり、所詮南無妙法蓮華経を境として起る所の五濁なれば、日本国の一切衆生五濁の正意なり、されば文句四に云く「相とは四濁増劇にして此の時に聚在せり瞋恚増劇にして刀兵起り貪欲増劇にして飢餓起り愚癡増劇にして疾疫起り三災起るが故に煩悩倍隆んに諸見転た熾ん

719御義口伝巻上

719ページ

自見其過の者に非ずや大謗法の罪人なり法華の御座を立つ事疑無き者なり、然りと雖も日蓮に値う事是併ら礼仏而退の義なり此の礼仏而退は軽賤の義なり全く信解の礼退に非ざるなり此等の衆は於戒有欠漏の者なり、文句の四に云く「於戒有欠漏とは律義失有るをば欠と名け定共道共失有るをば漏と名く」と此の五千の上慢とは我等所

720御義口伝巻上

720ページ

り、五千の上慢は元品の無明なり故に礼仏而退なり此れは九識八識六識と下る分なり流転門の談道なり、仏威徳故去とは還滅門なり然らば威徳とは南無妙法蓮華経なり本迷本悟の全体なり能く能く之を案ず可し云云。 第六如我等無異如我昔所願の事 疏に云く因を挙げて信を勧むと。 御義口伝に云く我とは釈尊・我実成仏久遠の仏

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日蓮大聖人御書

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