御書本文

法華初心成仏抄
545ページ

決に云く「日本一州・円機純一にして朝野遠近・同く一乗に帰し緇素貴賤悉く成仏を期せん」云云、此の文の心は日本国は京・鎌倉・筑紫・鎮西・みちをく遠きも近きも法華一乗の機のみ有りて上も下も貴も賤も持戒も破戒も男も女も皆おしなべて法華経にて成仏すべき国なりと云う文なり、譬えば崑崙山に石なく蓬萊山に毒なきが如く日本国は純に法華経の国なり、而るに法華経は元よりめでたき御経なれば誰か信ぜざると語には云うて而も昼夜朝暮に弥陀念仏を申す人は薬はめでたしとほめて朝夕毒を服する者の如し、或は念仏も法華経も一なりと云はん人は石も玉も上﨟も下﨟も毒も薬も一なりと云わん者の如し、其の上法華経を怨み嫉み悪み毀り軽しめ賤む族のみ多し、経に云く「一切世間多怨難信」又云く「如来現在・猶多怨嫉・況滅度後」の経文少しも違はず当れり、されば伝教大師の釈に云く「代を語れば則ち像の終り末の初め地を尋ぬれば唐の東・羯の西・人を原ぬれば則ち五濁の生・闘諍の時なり経に云く猶多怨嫉・況滅度後と此の言良に以有るなり」と、此等の文釈をもつて知るべし、日本国に法華経より外の真言・禅・律宗・念仏宗等の経教・山山・寺寺・朝野遠近に弘まるといへども正く国に相応して仏の御本意に相叶ひ生死を離るべき法にはあらざるなり。
 問うて云く華厳宗には五教を立て余の一切の経は劣れり華厳経は勝ると云ひ、真言宗には十住心を立て余の一切経は顕教なれば劣るなり真言宗は密教なれば勝れたりと云う、禅宗には余の一切経をば教内と簡いて教外別伝不立文字と立て壁に向いて悟れば禅宗独り勝れたりと云う、浄土宗には正雑・二行を立て法華経等の一切経をば捨閉閣抛し雑行と簡ひ浄土の三部経を機に叶ひめでたき正行なりと云う、各各我慢を立て互に偏執を作す何れか釈迦仏の御本意なるや、答えて云く宗宗・各別に我が経こそ・すぐれたれ余経は劣れりと云いて我が宗吉と云う事は唯是れ人師の言にて仏説にあらず、但し法華経計りこそ仏五味の譬を説きて五時の教に当て此の経の勝れたる由を説き、或は又已今当の三説の中に仏になる道は法華経に及ぶ経なしと云う事は正しき仏の金言なり、然るに

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タイトル 聖寿 対告衆 述作地
法華初心成仏抄 56 岡宮妙法尼 身延

日蓮大聖人御書

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法華初心成仏抄 545ページ

決に云く「日本一州・円機純一にして朝野遠近・同く一乗に帰し緇素貴賤悉く成仏を期せん」云云、此の文の心は日本国は京・鎌倉・筑紫・鎮西・みちをく遠きも近きも法華一乗の機のみ有りて上も下も貴も賤も持戒も破戒も男も女も皆おしなべて法華経にて成仏すべき国なりと云う文なり、譬えば崑崙山に石なく蓬萊山に毒なきが如く日本国は純に法華経の国なり、而るに法華経は元よりめでたき御経なれば誰か信ぜざると語には云うて而も昼夜朝暮に弥陀念仏を申す人は薬はめでたしとほめて朝夕毒を服する者の如し、或は念仏も法華経も一なりと云はん人は石も玉も上﨟も下﨟も毒も薬も一なりと云わん者の如し、其の上法華経を怨み嫉み悪み毀り軽しめ賤む族のみ多し、経に云く「一切世間多怨難信」又云く「如来現在・猶多怨嫉・況滅度後」の経文少しも違はず当れり、されば伝教大師の釈に云く「代を語れば則ち像の終り末の初め地を尋ぬれば唐の東・羯の西・人を原ぬれば則ち五濁の生・闘諍の時なり経に云く猶多怨嫉・況滅度後と此の言良に以有るなり」と、此等の文釈をもつて知るべし、日本国に法華経より外の真言・禅・律宗・念仏宗等の経教・山山・寺寺・朝野遠近に弘まるといへども正く国に相応して仏の御本意に相叶ひ生死を離るべき法にはあらざるなり。
 問うて云く華厳宗には五教を立て余の一切の経は劣れり華厳経は勝ると云ひ、真言宗には十住心を立て余の一切経は顕教なれば劣るなり真言宗は密教なれば勝れたりと云う、禅宗には余の一切経をば教内と簡いて教外別伝不立文字と立て壁に向いて悟れば禅宗独り勝れたりと云う、浄土宗には正雑・二行を立て法華経等の一切経をば捨閉閣抛し雑行と簡ひ浄土の三部経を機に叶ひめでたき正行なりと云う、各各我慢を立て互に偏執を作す何れか釈迦仏の御本意なるや、答えて云く宗宗・各別に我が経こそ・すぐれたれ余経は劣れりと云いて我が宗吉と云う事は唯是れ人師の言にて仏説にあらず、但し法華経計りこそ仏五味の譬を説きて五時の教に当て此の経の勝れたる由を説き、或は又已今当の三説の中に仏になる道は法華経に及ぶ経なしと云う事は正しき仏の金言なり、然るに


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