御書本文

三世諸仏総勘文教相廃立
567ページ

教の行は無量劫を経て昇進する次位なれば位の次第を説けり今法華は八教に超えたる円なれば速疾頓成にして心と仏と衆生と此の三は我が一念の心中に摂めて心の外に無しと観ずれば下根の行者すら尚一生の中に妙覚の位に入る・一と多と相即すれば一位に一切の位皆是れ具足せり故に一生に入るなり、下根すら是くの如し況や中根の者をや何に況や上根をや実相の外に更に別の法無し実相には次第無きが故に位無し、総じて一代の聖教は一人の法なれば我が身の本体を能く能く知る可し之を悟るを仏と云い之に迷うは衆生なり此れは華厳経の文の意なり、弘決の六に云く「此の身の中に具さに天地に倣うことを知る頭の円かなるは天に象り足の方なるは地に象ると知り・身の内の空種なるは即ち是れ虚空なり腹の温かなるは春夏に法とり背の剛きは秋冬に法とり・四体は四時に法とり大節の十二は十二月に法とり小節の三百六十は三百六十日に法とり、鼻の息の出入は山沢渓谷の中の風に法とり口の息の出入は虚空の中の風に法とり眼は日月に法とり開閉は昼夜に法とり髪は星辰に法とり眉は北斗に法とり脈は江河に法とり骨は玉石に法とり皮肉は地土に法とり毛は叢林に法とり、五臓は天に在つては五星に法とり地に在つては五岳に法とり陰・陽に在つては五行に法とり世に在つては五常に法とり内に在つては五神に法とり行を修するには五徳に法とり罪を治むるには五刑に法とる謂く墨・劓・剕・宮・大辟此の五刑は人を様様に之を傷ましむ其の数三千の罰有り此を五刑と云う主領には五官と為す五官は下の第八の巻に博物誌を引くが如し謂く苟萠等なり、天に昇つては五雲と曰い化して五竜と為る、心を朱雀と為し腎を玄武と為し肝を青竜と為し肺を白虎と為し脾を勾陳と為す」又云く「五音・五明・六芸・皆此れより起る亦復当に内治の法を識るべし覚心内に大王と為つては百重の内に居り出でては則ち五官に侍衛せ為る、肺をば司馬と為し肝をば司徒と為し脾をば司空と為し四支をば民子と為し、左をば司命と為し右をば司録と為し人命を主司す、乃至臍をば太一君等と為すと禅門の中に広く其の相を明す」已上、人身の本体委く検すれば是くの如し、然るに此の金剛不壊の身を以て生滅無常の身なりと思う僻思は譬えば荘周が夢の

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タイトル 聖寿 対告衆 述作地
三世諸仏総勘文教相廃立 58   身延

日蓮大聖人御書

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三世諸仏総勘文教相廃立 567ページ

教の行は無量劫を経て昇進する次位なれば位の次第を説けり今法華は八教に超えたる円なれば速疾頓成にして心と仏と衆生と此の三は我が一念の心中に摂めて心の外に無しと観ずれば下根の行者すら尚一生の中に妙覚の位に入る・一と多と相即すれば一位に一切の位皆是れ具足せり故に一生に入るなり、下根すら是くの如し況や中根の者をや何に況や上根をや実相の外に更に別の法無し実相には次第無きが故に位無し、総じて一代の聖教は一人の法なれば我が身の本体を能く能く知る可し之を悟るを仏と云い之に迷うは衆生なり此れは華厳経の文の意なり、弘決の六に云く「此の身の中に具さに天地に倣うことを知る頭の円かなるは天に象り足の方なるは地に象ると知り・身の内の空種なるは即ち是れ虚空なり腹の温かなるは春夏に法とり背の剛きは秋冬に法とり・四体は四時に法とり大節の十二は十二月に法とり小節の三百六十は三百六十日に法とり、鼻の息の出入は山沢渓谷の中の風に法とり口の息の出入は虚空の中の風に法とり眼は日月に法とり開閉は昼夜に法とり髪は星辰に法とり眉は北斗に法とり脈は江河に法とり骨は玉石に法とり皮肉は地土に法とり毛は叢林に法とり、五臓は天に在つては五星に法とり地に在つては五岳に法とり陰・陽に在つては五行に法とり世に在つては五常に法とり内に在つては五神に法とり行を修するには五徳に法とり罪を治むるには五刑に法とる謂く墨・劓・剕・宮・大辟此の五刑は人を様様に之を傷ましむ其の数三千の罰有り此を五刑と云う主領には五官と為す五官は下の第八の巻に博物誌を引くが如し謂く苟萠等なり、天に昇つては五雲と曰い化して五竜と為る、心を朱雀と為し腎を玄武と為し肝を青竜と為し肺を白虎と為し脾を勾陳と為す」又云く「五音・五明・六芸・皆此れより起る亦復当に内治の法を識るべし覚心内に大王と為つては百重の内に居り出でては則ち五官に侍衛せ為る、肺をば司馬と為し肝をば司徒と為し脾をば司空と為し四支をば民子と為し、左をば司命と為し右をば司録と為し人命を主司す、乃至臍をば太一君等と為すと禅門の中に広く其の相を明す」已上、人身の本体委く検すれば是くの如し、然るに此の金剛不壊の身を以て生滅無常の身なりと思う僻思は譬えば荘周が夢の


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