御書本文

御義口伝巻上
724ページ

の所作には題目の五字なり余行を交えざるなり、又云く十界の語言は一返の題目を倶作したり、是れ豈感応に非ずや。
第七以譬喩得解の事 止観の五に云く智とは譬に因るに斯の意徴し有りと。
御義口伝に云く此の文を以て鏡像円融の三諦の事を伝うるなり、惣じて鏡像の譬とは自浮自影の鏡の事なり此の鏡とは一心の鏡なり、惣じて鏡に付て重重の相伝之有り所詮鏡の能徳とは万像を浮ぶるを本とせり妙法蓮華経の五字は万像を浮べて一法も残る物之無し、又云く鏡に於て五鏡之れ有り妙の鏡には法界の不思議を浮べ・法の鏡には法界の体を浮べ・蓮の鏡には法界の果を浮べ・華の鏡には法界の因を浮べ・経の鏡には万法の言語を浮べたり、又云く妙の鏡には華厳を浮べ・法の鏡には阿含を浮べ・蓮の鏡には方等を浮べ・華の鏡には般若を浮べ・経の鏡には法華を浮ぶるなり、順逆次第して意得可きなり、我等衆生の五体五輪妙法蓮華経と浮び出でたる間宝塔品を以て鏡と習うなり、信謗の浮び様能く能く之を案ず可し自浮自影の鏡とは南無妙法蓮華経是なり云云。
第八唯有一門の事 文句の五に云く唯有一門とは上の以種種法門宣示於仏道に譬う、門に又二あり宅門と車門となり宅とは生死なり門とは出ずる要路なり、此は方便教の詮なり車とは大乗の法なり門とは円教の詮なりと。
御義口伝に云く一門とは法華経の信心なり車とは法華経なり牛とは南無妙法蓮華経なり宅とは煩悩なり自身法性の大地を生死生死と転ぐり行くなり云云。
第九今此三界等の事 文句の五に云く次に今此三界より下・第二に一行半は上の所見諸衆生為生老病死之所焼煮を頌して第二の所見・火の譬を合す、唯我一人より下・第三に半偈は上の仏見此已便作是念を頌して、驚入火

この御書の最初のページ前のページ
タイトル 聖寿 対告衆 述作地
御義口伝巻上     身延

日蓮大聖人御書

検索結果詳細 御書本文

御義口伝巻上 724ページ

の所作には題目の五字なり余行を交えざるなり、又云く十界の語言は一返の題目を倶作したり、是れ豈感応に非ずや。
第七以譬喩得解の事 止観の五に云く智とは譬に因るに斯の意徴し有りと。
御義口伝に云く此の文を以て鏡像円融の三諦の事を伝うるなり、惣じて鏡像の譬とは自浮自影の鏡の事なり此の鏡とは一心の鏡なり、惣じて鏡に付て重重の相伝之有り所詮鏡の能徳とは万像を浮ぶるを本とせり妙法蓮華経の五字は万像を浮べて一法も残る物之無し、又云く鏡に於て五鏡之れ有り妙の鏡には法界の不思議を浮べ・法の鏡には法界の体を浮べ・蓮の鏡には法界の果を浮べ・華の鏡には法界の因を浮べ・経の鏡には万法の言語を浮べたり、又云く妙の鏡には華厳を浮べ・法の鏡には阿含を浮べ・蓮の鏡には方等を浮べ・華の鏡には般若を浮べ・経の鏡には法華を浮ぶるなり、順逆次第して意得可きなり、我等衆生の五体五輪妙法蓮華経と浮び出でたる間宝塔品を以て鏡と習うなり、信謗の浮び様能く能く之を案ず可し自浮自影の鏡とは南無妙法蓮華経是なり云云。
第八唯有一門の事 文句の五に云く唯有一門とは上の以種種法門宣示於仏道に譬う、門に又二あり宅門と車門となり宅とは生死なり門とは出ずる要路なり、此は方便教の詮なり車とは大乗の法なり門とは円教の詮なりと。
御義口伝に云く一門とは法華経の信心なり車とは法華経なり牛とは南無妙法蓮華経なり宅とは煩悩なり自身法性の大地を生死生死と転ぐり行くなり云云。
第九今此三界等の事 文句の五に云く次に今此三界より下・第二に一行半は上の所見諸衆生為生老病死之所焼煮を頌して第二の所見・火の譬を合す、唯我一人より下・第三に半偈は上の仏見此已便作是念を頌して、驚入火


  • 自由語検索
※複数入力の場合、単語をスペースで区切ってください。
検索オプション