御書本文

如来滅後五五百歳始観心本尊抄
245ページ

九易是なり、天台大師云く「二門悉く昔と反すれば信じ難く解し難し鉾に当るの難事なり」章安大師の云く「仏此れを将つて大事と為す何ぞ解し易きことを得可けんや」伝教大師云く「此の法華経は最も為れ難信難解なり随自意の故に」等云云、夫れ仏滅後に至つて一千八百余年・三国に経歴して但三人のみ有つて始めて此の正法を覚知せり所謂月支の釈尊・真旦の智者大師・日域の伝教此の三人は内典の聖人なり、問うて曰く竜樹天親等は如何、答えて曰く此等の聖人は知つて之を言わざる仁なり、或は迹門の一分之を宣べて本門と観心とを云わず或は機有つて時無きか或は機と時と共に之れ無きか、天台伝教已後は之を知る者多多なり二聖の智を用ゆるが故なり所謂三論の嘉祥・南三北七の百余人・華厳宗の法蔵・清涼等・法相宗の玄奘三蔵・慈恩大師等・真言宗の善無畏三蔵・金剛智三蔵・不空三蔵等・律宗の道宣等初には反逆を存し後には一向に帰伏せしなり。
 但し初の大難を遮せば無量義経に云く「譬えば国王と夫人と新たに王子を生ぜん若は一日若は二日若は七日に至り若は一月若は二月若は七月に至り若は一歳若は二歳若は七歳に至り復国事を領理すること能わずと雖も已に臣民に宗敬せられ諸の大王の子以て伴侶と為らん、王及び夫人の愛心偏に重くして常に与共に語らん所以は何ん稚小なるを以ての故にと云うが如く、善男子是の持経者も亦復是くの如し、諸仏の国王と是の経の夫人と和合して共に是の菩薩の子を生ず若し菩薩是の経を聞くことを得て若しは一句若しは一偈若しは一転若しは二転若しは十若しは百若しは千若しは万若しは億万恒河沙・無量無数転せば復真理の極を体すること能わずと雖も、乃至已に一切の四衆八部に宗仰せられ諸の大菩薩を以て眷属と為し乃至常に諸仏に護念せられ慈愛偏に覆われん新学なるを以ての故なり」等云云、普賢経に云く「此の大乗経典は諸仏の宝蔵十方三世の諸仏の眼目なり乃至三世の諸の如来を出生する種なり乃至汝大乗を行じて仏種を断ぜざれ」等云云、又云く「此の方等経は是れ諸仏の眼なり諸仏是に因つて五眼を具することを得・仏の三種の身は方等従り生ず是れ大法印にして涅槃海に印す此くの如き

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タイトル 聖寿 対告衆 述作地
如来滅後五五百歳始観心本尊抄 52   佐渡

日蓮大聖人御書

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如来滅後五五百歳始観心本尊抄 245ページ

九易是なり、天台大師云く「二門悉く昔と反すれば信じ難く解し難し鉾に当るの難事なり」章安大師の云く「仏此れを将つて大事と為す何ぞ解し易きことを得可けんや」伝教大師云く「此の法華経は最も為れ難信難解なり随自意の故に」等云云、夫れ仏滅後に至つて一千八百余年・三国に経歴して但三人のみ有つて始めて此の正法を覚知せり所謂月支の釈尊・真旦の智者大師・日域の伝教此の三人は内典の聖人なり、問うて曰く竜樹天親等は如何、答えて曰く此等の聖人は知つて之を言わざる仁なり、或は迹門の一分之を宣べて本門と観心とを云わず或は機有つて時無きか或は機と時と共に之れ無きか、天台伝教已後は之を知る者多多なり二聖の智を用ゆるが故なり所謂三論の嘉祥・南三北七の百余人・華厳宗の法蔵・清涼等・法相宗の玄奘三蔵・慈恩大師等・真言宗の善無畏三蔵・金剛智三蔵・不空三蔵等・律宗の道宣等初には反逆を存し後には一向に帰伏せしなり。
 但し初の大難を遮せば無量義経に云く「譬えば国王と夫人と新たに王子を生ぜん若は一日若は二日若は七日に至り若は一月若は二月若は七月に至り若は一歳若は二歳若は七歳に至り復国事を領理すること能わずと雖も已に臣民に宗敬せられ諸の大王の子以て伴侶と為らん、王及び夫人の愛心偏に重くして常に与共に語らん所以は何ん稚小なるを以ての故にと云うが如く、善男子是の持経者も亦復是くの如し、諸仏の国王と是の経の夫人と和合して共に是の菩薩の子を生ず若し菩薩是の経を聞くことを得て若しは一句若しは一偈若しは一転若しは二転若しは十若しは百若しは千若しは万若しは億万恒河沙・無量無数転せば復真理の極を体すること能わずと雖も、乃至已に一切の四衆八部に宗仰せられ諸の大菩薩を以て眷属と為し乃至常に諸仏に護念せられ慈愛偏に覆われん新学なるを以ての故なり」等云云、普賢経に云く「此の大乗経典は諸仏の宝蔵十方三世の諸仏の眼目なり乃至三世の諸の如来を出生する種なり乃至汝大乗を行じて仏種を断ぜざれ」等云云、又云く「此の方等経は是れ諸仏の眼なり諸仏是に因つて五眼を具することを得・仏の三種の身は方等従り生ず是れ大法印にして涅槃海に印す此くの如き


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