御書本文

御義口伝巻下
769ページ

第廿五実報土礼拝住処の事
御義口伝に云く実報土は竪の時は菩薩の住処なり、仍つて不軽菩薩の住処を実報土と定めて此にて礼拝行を立て給う間・実報土は礼拝の住処なり云云。
第廿六慈悲の二字礼拝住処の事
御義口伝に云く不軽礼拝の行は皆当作仏と教うる故に慈悲なり、既に杖木瓦石を以て打擲すれども而強毒之するは慈悲より起れり、仏心とは大慈悲心是なりと説かれたれば礼拝の住処は慈悲なり云云。
第廿七礼拝住処分真即の事
御義口伝に云く菩薩は分真即の位と定むるなり、此の位に立つて理即の凡夫を礼拝するなり之に依つて理即の凡夫なる間此の授記を受けずして無智の比丘と謗じたり云云。
第廿八究竟即礼拝住処の事
御義口伝に云く凡有所見の見は仏知見なり、仏知見を以て上慢の四衆を礼拝する間究竟即を礼拝の住処と定むるなり云云。
第廿九法界礼拝住処の事
御義口伝に云く法界に立て礼拝するなり法界とは広きに非ず狭きに非ず惣じて法とは諸法なり界とは境界なり、地獄界乃至仏界各各界を法る間不軽菩薩は不軽菩薩の界に法り上慢の四衆は四衆の界に法るなり、仍て法界が法界を礼拝するなり自他不二の礼拝なり、其の故は不軽菩薩の四衆を礼拝すれば上慢の四衆所具の仏性又不軽菩薩を礼拝するなり、鏡に向つて礼拝を成す時浮べる影又我を礼拝するなり云云。

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タイトル 聖寿 対告衆 述作地
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日蓮大聖人御書

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御義口伝巻下 769ページ

第廿五実報土礼拝住処の事
御義口伝に云く実報土は竪の時は菩薩の住処なり、仍つて不軽菩薩の住処を実報土と定めて此にて礼拝行を立て給う間・実報土は礼拝の住処なり云云。
第廿六慈悲の二字礼拝住処の事
御義口伝に云く不軽礼拝の行は皆当作仏と教うる故に慈悲なり、既に杖木瓦石を以て打擲すれども而強毒之するは慈悲より起れり、仏心とは大慈悲心是なりと説かれたれば礼拝の住処は慈悲なり云云。
第廿七礼拝住処分真即の事
御義口伝に云く菩薩は分真即の位と定むるなり、此の位に立つて理即の凡夫を礼拝するなり之に依つて理即の凡夫なる間此の授記を受けずして無智の比丘と謗じたり云云。
第廿八究竟即礼拝住処の事
御義口伝に云く凡有所見の見は仏知見なり、仏知見を以て上慢の四衆を礼拝する間究竟即を礼拝の住処と定むるなり云云。
第廿九法界礼拝住処の事
御義口伝に云く法界に立て礼拝するなり法界とは広きに非ず狭きに非ず惣じて法とは諸法なり界とは境界なり、地獄界乃至仏界各各界を法る間不軽菩薩は不軽菩薩の界に法り上慢の四衆は四衆の界に法るなり、仍て法界が法界を礼拝するなり自他不二の礼拝なり、其の故は不軽菩薩の四衆を礼拝すれば上慢の四衆所具の仏性又不軽菩薩を礼拝するなり、鏡に向つて礼拝を成す時浮べる影又我を礼拝するなり云云。


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