御書本文
の一念より三千具足と聞えたり云云。
一譬喩品
御義口伝に云く此の品の大白牛車とは「無明癡惑本是法性」の明闇一体の義なり、即ち三千具足の一乗をかかげたる車なれば明闇一体にして三千具足の義を顕すなり、法界に徧満したれども一法なるを一乗と云うなり、此の一乗とは諸乗具足の一乗なり諸法具足の一法なり故に一の白牛なり、又白牛は一なりといえども無量の白牛なり一切衆生の体大白牛車なるが故なり、然らば妙法の大白牛車に妙法の十界三千の衆生乗じたり蓮華の大白牛車なれば十界三千の衆生も蓮華にして清浄なり南無妙法蓮華経の法体此くの如し。
一信解品
御義口伝に云く此の信解は中根の四大声聞の領解に限るに非ず妙法の信解なるが故に十界三千の信解なり、蓮華の信解なるが故に十界三千の清浄の信解なり此の信解の体とは南無妙法蓮華経是なり云云。
一薬草喩品
御義口伝に云く妙法の薬草なれば十界三千の毒草・蓮華の薬草なれば本来清浄なり、清浄なれば仏なり此の仏の説法とは南無妙法蓮華経なり云云、されば此の品には種相体性の種の字に種類種・相対種の二の開会之れ有り、相対種とは三毒即三徳なり種類種とは始の種の字は十界三千なり、類とは互具なり下の種の字は南無妙法蓮華経なり種類種なり、十界三千の草木各各なれども只南無妙法蓮華経の一種なり、毒草の毒もなきなり清浄の草木にして薬草なり云云。
一授記品
タイトル | 聖寿 | 対告衆 | 述作地 |
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御義口伝巻下 | 身延 |
日蓮大聖人御書
検索結果詳細 御書本文
御義口伝巻下 795ページ
の一念より三千具足と聞えたり云云。
一譬喩品
御義口伝に云く此の品の大白牛車とは「無明癡惑本是法性」の明闇一体の義なり、即ち三千具足の一乗をかかげたる車なれば明闇一体にして三千具足の義を顕すなり、法界に徧満したれども一法なるを一乗と云うなり、此の一乗とは諸乗具足の一乗なり諸法具足の一法なり故に一の白牛なり、又白牛は一なりといえども無量の白牛なり一切衆生の体大白牛車なるが故なり、然らば妙法の大白牛車に妙法の十界三千の衆生乗じたり蓮華の大白牛車なれば十界三千の衆生も蓮華にして清浄なり南無妙法蓮華経の法体此くの如し。
一信解品
御義口伝に云く此の信解は中根の四大声聞の領解に限るに非ず妙法の信解なるが故に十界三千の信解なり、蓮華の信解なるが故に十界三千の清浄の信解なり此の信解の体とは南無妙法蓮華経是なり云云。
一薬草喩品
御義口伝に云く妙法の薬草なれば十界三千の毒草・蓮華の薬草なれば本来清浄なり、清浄なれば仏なり此の仏の説法とは南無妙法蓮華経なり云云、されば此の品には種相体性の種の字に種類種・相対種の二の開会之れ有り、相対種とは三毒即三徳なり種類種とは始の種の字は十界三千なり、類とは互具なり下の種の字は南無妙法蓮華経なり種類種なり、十界三千の草木各各なれども只南無妙法蓮華経の一種なり、毒草の毒もなきなり清浄の草木にして薬草なり云云。
一授記品
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