御書本文
殺生・偸盗・邪婬・妄語等をおかす人よりも・五逆罪と申して父母等を殺す悪人よりも、比丘・比丘尼となりて身には二百五十戒をかたく持ち心には八万法蔵をうかべて候やうなる、智者聖人の一生が間に一悪をもつくらず人には仏のやうにをもはれ、我が身も又さながらに悪道にはよも堕ちじと思う程に、十悪・五逆の罪人よりも・つよく地獄に堕ちて阿鼻大城を栖として永く地獄をいでぬ事の候けるぞ、譬えば人ありて世にあらんがために国主につかへ奉る程に、させるあやまちはなけれども我心のたらぬ上身にあやしきふるまひかさなるを、猶我身にも失ありともしらず又傍輩も不思議ともをもはざるに后等の御事によりてあやまつ事はなけれども自然にふるまひあしく王なんどに不思議に見へまいらせぬれば、謀反の者よりも其の失重し、此の身とがにかかりぬれば父母・兄弟・所従なんども又かるからざる失にをこなはるる事あり。
謗法と申す罪をば我れもしらず人も失とも思はず・但仏法をならへば貴しとのみ思いて候程に・此の人も又此の人にしたがふ弟子檀那等も無間地獄に堕つる事あり、所謂勝意比丘・苦岸比丘なんど申せし僧は二百五十戒をかたく持ち三千の威儀を一もかけずありし人なれども、無間大城に堕ちて出づる期見へず、又彼の比丘に近づきて弟子となり檀那となる人人・存の外に大地微塵の数よりも多く地獄に堕ちて師と・ともに苦を受けしぞかし、此の人後世のために衆善を修せしより外は又心なかりしかども・かかる不祥にあひて候しぞかし。
かかる事を見候しゆへに・あらあら経論を勘へ候へば、日本国の当世こそ其に似て候へ、代末になり候へば世間のまつり事のあらきにつけても世の中あやうかるべき上、此の日本国は他国にもにず仏法弘まりて国をさまるべきかと思いて候へば、中中・仏法弘まりて世もいたく衰へ人も多く悪道に堕つべしと見へて候、其の故は日本国は月氏・漢土よりも堂塔等の多き中に大体は阿弥陀堂なり、其の上家ごとに阿弥陀仏を木像に造り画像に書き人毎に六万八万等の念仏を申す、又他方を抛うちて西方を願う愚者の眼にも貴しと見え候上、一切の智人も皆い
タイトル | 聖寿 | 対告衆 | 述作地 |
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妙法比丘尼御返事 | 57 | 身延 |
日蓮大聖人御書
検索結果詳細 御書本文
妙法比丘尼御返事 1,408ページ
殺生・偸盗・邪婬・妄語等をおかす人よりも・五逆罪と申して父母等を殺す悪人よりも、比丘・比丘尼となりて身には二百五十戒をかたく持ち心には八万法蔵をうかべて候やうなる、智者聖人の一生が間に一悪をもつくらず人には仏のやうにをもはれ、我が身も又さながらに悪道にはよも堕ちじと思う程に、十悪・五逆の罪人よりも・つよく地獄に堕ちて阿鼻大城を栖として永く地獄をいでぬ事の候けるぞ、譬えば人ありて世にあらんがために国主につかへ奉る程に、させるあやまちはなけれども我心のたらぬ上身にあやしきふるまひかさなるを、猶我身にも失ありともしらず又傍輩も不思議ともをもはざるに后等の御事によりてあやまつ事はなけれども自然にふるまひあしく王なんどに不思議に見へまいらせぬれば、謀反の者よりも其の失重し、此の身とがにかかりぬれば父母・兄弟・所従なんども又かるからざる失にをこなはるる事あり。
謗法と申す罪をば我れもしらず人も失とも思はず・但仏法をならへば貴しとのみ思いて候程に・此の人も又此の人にしたがふ弟子檀那等も無間地獄に堕つる事あり、所謂勝意比丘・苦岸比丘なんど申せし僧は二百五十戒をかたく持ち三千の威儀を一もかけずありし人なれども、無間大城に堕ちて出づる期見へず、又彼の比丘に近づきて弟子となり檀那となる人人・存の外に大地微塵の数よりも多く地獄に堕ちて師と・ともに苦を受けしぞかし、此の人後世のために衆善を修せしより外は又心なかりしかども・かかる不祥にあひて候しぞかし。
かかる事を見候しゆへに・あらあら経論を勘へ候へば、日本国の当世こそ其に似て候へ、代末になり候へば世間のまつり事のあらきにつけても世の中あやうかるべき上、此の日本国は他国にもにず仏法弘まりて国をさまるべきかと思いて候へば、中中・仏法弘まりて世もいたく衰へ人も多く悪道に堕つべしと見へて候、其の故は日本国は月氏・漢土よりも堂塔等の多き中に大体は阿弥陀堂なり、其の上家ごとに阿弥陀仏を木像に造り画像に書き人毎に六万八万等の念仏を申す、又他方を抛うちて西方を願う愚者の眼にも貴しと見え候上、一切の智人も皆い
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