御書本文

下山御消息
360ページ

たる観音勢至に捨てられて西方世界へは還り給はず此の世界に留りて法華経の行者を守護せんとありしかば此の世界の内・欲界第四の兜率天・弥勒菩薩の所領の内・四十九院の一院を給いて阿弥陀院と額を打つておはするとこそうけ給はれ、其の上・阿弥陀経には仏・舎利弗に対して凡夫の往生すべき様を説き給ふ、舎利弗・舎利弗・又舎利弗・と二十余処までいくばくもなき経によび給いしはかまびすしかりし事ぞかし、然れども四紙の一巻が内すべて舎利弗等の諸声聞の往生成仏を許さず法華経に来りてこそ始て華光如来・光明如来とは記せられ給いしか一閻浮提第一の大智者たる舎利弗すら浄土の三部経にて往生成仏の跡をけづる、まして末代の牛羊の如くなる男女・彼彼の経経にて生死を離れなんや、此の由を弁へざる末代の学者等・並に法華経を修行する初心の人人かたじけなく阿弥陀経を読み念仏を申して或は法華経に鼻を並べ、或は後に此れを読みて法華経の肝心とし功徳を阿弥陀経等にあつらへて西方へ回向し往生せんと思ふは譬へば飛竜が驢馬を乗物とし師子が野干をたのみたるか将又日輪出現の後の衆星の光・大雨の盛時の小露なり、故に教大師云く「白牛を賜う朝には三車を用いず、家業を得る夕に何ぞ除糞を須いん」、故に経に云く「正直に方便を捨て但無上道を説く」又云く「日出でぬれば星隠れ巧を見て拙を知る」と云云、法華経出現の後は已今当の諸経の捨てらるる事は勿論なりたとひ修行すとも法華経の所従にてこそあるべきに今の日本国の人人・道綽が未有一人得者・善導が千中無一・慧心が往生要集の序・永観が十因・法然が捨閉閣抛等を堅く信じて或は法華経を抛ちて一向に念仏を申す者もあり、或は念仏を本として助けに法華経を持つ者もあり或は弥陀念仏と法華経とを鼻を並べて左右に念じて二行と行ずる者もあり或は念仏と法華経と一法の二名なりと思いて行ずる者もあり、此れ等は皆教主釈尊の御屋敷の内に居して師主をば指し置き奉りて阿弥陀堂を釈迦如来の御所領の内に国毎に郷毎に家家毎に並べ立て或は一万・二万或は七万返或は一生の間一向に修行して主師親をわすれたるだに不思議なるに、剰へ親父たる教主釈尊の御誕生・御入滅の両日を奪い取りて、十五日は

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タイトル 聖寿 対告衆 述作地
下山御消息 56 下山兵庫光基 身延

日蓮大聖人御書

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下山御消息 360ページ

たる観音勢至に捨てられて西方世界へは還り給はず此の世界に留りて法華経の行者を守護せんとありしかば此の世界の内・欲界第四の兜率天・弥勒菩薩の所領の内・四十九院の一院を給いて阿弥陀院と額を打つておはするとこそうけ給はれ、其の上・阿弥陀経には仏・舎利弗に対して凡夫の往生すべき様を説き給ふ、舎利弗・舎利弗・又舎利弗・と二十余処までいくばくもなき経によび給いしはかまびすしかりし事ぞかし、然れども四紙の一巻が内すべて舎利弗等の諸声聞の往生成仏を許さず法華経に来りてこそ始て華光如来・光明如来とは記せられ給いしか一閻浮提第一の大智者たる舎利弗すら浄土の三部経にて往生成仏の跡をけづる、まして末代の牛羊の如くなる男女・彼彼の経経にて生死を離れなんや、此の由を弁へざる末代の学者等・並に法華経を修行する初心の人人かたじけなく阿弥陀経を読み念仏を申して或は法華経に鼻を並べ、或は後に此れを読みて法華経の肝心とし功徳を阿弥陀経等にあつらへて西方へ回向し往生せんと思ふは譬へば飛竜が驢馬を乗物とし師子が野干をたのみたるか将又日輪出現の後の衆星の光・大雨の盛時の小露なり、故に教大師云く「白牛を賜う朝には三車を用いず、家業を得る夕に何ぞ除糞を須いん」、故に経に云く「正直に方便を捨て但無上道を説く」又云く「日出でぬれば星隠れ巧を見て拙を知る」と云云、法華経出現の後は已今当の諸経の捨てらるる事は勿論なりたとひ修行すとも法華経の所従にてこそあるべきに今の日本国の人人・道綽が未有一人得者・善導が千中無一・慧心が往生要集の序・永観が十因・法然が捨閉閣抛等を堅く信じて或は法華経を抛ちて一向に念仏を申す者もあり、或は念仏を本として助けに法華経を持つ者もあり或は弥陀念仏と法華経とを鼻を並べて左右に念じて二行と行ずる者もあり或は念仏と法華経と一法の二名なりと思いて行ずる者もあり、此れ等は皆教主釈尊の御屋敷の内に居して師主をば指し置き奉りて阿弥陀堂を釈迦如来の御所領の内に国毎に郷毎に家家毎に並べ立て或は一万・二万或は七万返或は一生の間一向に修行して主師親をわすれたるだに不思議なるに、剰へ親父たる教主釈尊の御誕生・御入滅の両日を奪い取りて、十五日は


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