御書本文
諫暁八幡抄
諫暁八幡抄
夫れ馬は一歳二歳の時は設いつがいのびまろすねにすねほそくうでのびて候へども病あるべしとも見えず、而れども七八歳なんどになりて身もこへ血ふとく上かち下をくれ候へば小船に大石をつめるがごとく小き木に大なる菓のなれるがごとく多くのやまい出来して人の用にもあわず力もよわく寿もみじかし、天神等も又かくのごとし成劫の始には先生の果報いみじき衆生生れ来る上・人の悪も候はねば身の光もあざやかに心もいさぎよく日月のごとくあざやかに師子象のいさみをなして候いし程に成劫やうやくすぎて住劫になるままに前の天神等は年かさなりて下旬の月のごとし今生れ来れる天神は果報衰減し下劣の衆生多分は出来す、然る間一天に三災やうやくをこり四海に七難粗出現せしかば一切衆生始めて苦と楽とををもい知る。
此の時仏出現し給いて仏教と申す薬を天と人と神とにあたへ給いしかば燈に油をそへ老人に杖をあたへたるがごとく天神等還つて威光をまし勢力を増長せし事成劫のごとし仏教に又五味のあぢわひ分れたり在世の衆生は成劫ほどこそなかりしかども果報いたうをとろへぬ衆生なれば五味の中に何の味をもなめて威光勢力をもまし候き、仏滅度の後正像二千年過て末法になりぬれば本の天も神も阿修羅・大竜等も年もかさなりて身もつかれ心もよはくなり又今生れ来る天・人・修羅等は或は小果報或は悪天人等なり、小乗・権大乗等の乳・酪・生蘇・熟蘇味を服すれども老人に麤食をあたへ高人に麦飯等を奉るがごとし、而るを当世此を弁えざる学人等古にならいて日本国の一切の諸神等の御前にして阿含経・方等・般若・華厳・大日経等を法楽し倶舎・成実・律・法相・三論・華厳・浄土・禅等の僧を護持の僧とし給える唯老人に麤食を与へ小児に強飯をくくめるがごとし、何に況や今の小乗経と小乗
タイトル | 聖寿 | 対告衆 | 述作地 |
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諫暁八幡抄 | 59 | 身延 |
日蓮大聖人御書
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諫暁八幡抄 576ページ
諫暁八幡抄
諫暁八幡抄
夫れ馬は一歳二歳の時は設いつがいのびまろすねにすねほそくうでのびて候へども病あるべしとも見えず、而れども七八歳なんどになりて身もこへ血ふとく上かち下をくれ候へば小船に大石をつめるがごとく小き木に大なる菓のなれるがごとく多くのやまい出来して人の用にもあわず力もよわく寿もみじかし、天神等も又かくのごとし成劫の始には先生の果報いみじき衆生生れ来る上・人の悪も候はねば身の光もあざやかに心もいさぎよく日月のごとくあざやかに師子象のいさみをなして候いし程に成劫やうやくすぎて住劫になるままに前の天神等は年かさなりて下旬の月のごとし今生れ来れる天神は果報衰減し下劣の衆生多分は出来す、然る間一天に三災やうやくをこり四海に七難粗出現せしかば一切衆生始めて苦と楽とををもい知る。
此の時仏出現し給いて仏教と申す薬を天と人と神とにあたへ給いしかば燈に油をそへ老人に杖をあたへたるがごとく天神等還つて威光をまし勢力を増長せし事成劫のごとし仏教に又五味のあぢわひ分れたり在世の衆生は成劫ほどこそなかりしかども果報いたうをとろへぬ衆生なれば五味の中に何の味をもなめて威光勢力をもまし候き、仏滅度の後正像二千年過て末法になりぬれば本の天も神も阿修羅・大竜等も年もかさなりて身もつかれ心もよはくなり又今生れ来る天・人・修羅等は或は小果報或は悪天人等なり、小乗・権大乗等の乳・酪・生蘇・熟蘇味を服すれども老人に麤食をあたへ高人に麦飯等を奉るがごとし、而るを当世此を弁えざる学人等古にならいて日本国の一切の諸神等の御前にして阿含経・方等・般若・華厳・大日経等を法楽し倶舎・成実・律・法相・三論・華厳・浄土・禅等の僧を護持の僧とし給える唯老人に麤食を与へ小児に強飯をくくめるがごとし、何に況や今の小乗経と小乗
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