御書本文
のまつりに火をいみ・あかき物をいむ、不孝の国と申す国をば孝養の人はとをらず、此等の義なるべし、いくたびも選択をばいろへずして先ずかうたつべし。
又御持仏堂にて法門申したりしが面目なんどかかれて候事・かへすがへす不思議にをぼへ候、そのゆへは僧となりぬ其の上一閻浮提にありがたき法門なるべし、設い等覚の菩薩なりとも・なにとかをもうべき、まして梵天・帝釈等は我等が親父・釈迦如来の御所領をあづかりて正法の僧をやしなうべき者につけられて候、毘沙門等は四天下の主此等が門まほり・又四州の王等は毘沙門天が所従なるべし、其の上日本秋津嶋は四州の輪王の所従にも及ばず・但嶋の長なるべし、長なんどにつかへん者どもに召されたり上なんどかく上・面目なんど申すは・旁せんずるところ日蓮をいやしみてかけるか、総じて日蓮が弟子は京にのぼりぬれば始はわすれぬやうにて後には天魔つきて物にくるうせう房がごとし、わ御房もそれていになりて天のにくまれかほるな。
のぼりていくばくもなきに実名をかうるでう物ぐるわし、定めてことばつき音なんども京なめりになりたるらん、ねずみがかわほりになりたるやうに・鳥にもあらずねずみにもあらず・田舎法師にもあらず京法師にもにず・せう房がやうになりぬとをぼゆ、言をば但いなかことばにてあるべし・なかなか・あしきやうにて有るなり、尊成とかけるは隠岐の法皇の御実名かかたがた不思議なるべし。
かつ・しられて候やうに当世の高僧・真言・天台等の人人の御いのりは叶うまじきよし、前前に申し候上・今年鎌倉の真言師等は去年より変成男子の法をこなはる、隆弁なんどは自歎する事かぎりなし、七八百余人の真言師・東寺・天台の大法・秘法尽して行ぜしが・ついにむなしくなりぬ、禅宗・律僧等又一同に行いしかどもかなはず、日蓮が叶うまじと申すとて不思議なりなんどをどし候いしかども皆むなしくなりぬ、小事たる今生の御いのりの叶はぬを用つてしるべし・大事たる後生叶うべしや。
タイトル | 聖寿 | 対告衆 | 述作地 |
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法門申さるべき様の事 | 48 | 三位公日行 | 鎌倉 |
日蓮大聖人御書
検索結果詳細 御書本文
法門申さるべき様の事 1,268ページ
のまつりに火をいみ・あかき物をいむ、不孝の国と申す国をば孝養の人はとをらず、此等の義なるべし、いくたびも選択をばいろへずして先ずかうたつべし。
又御持仏堂にて法門申したりしが面目なんどかかれて候事・かへすがへす不思議にをぼへ候、そのゆへは僧となりぬ其の上一閻浮提にありがたき法門なるべし、設い等覚の菩薩なりとも・なにとかをもうべき、まして梵天・帝釈等は我等が親父・釈迦如来の御所領をあづかりて正法の僧をやしなうべき者につけられて候、毘沙門等は四天下の主此等が門まほり・又四州の王等は毘沙門天が所従なるべし、其の上日本秋津嶋は四州の輪王の所従にも及ばず・但嶋の長なるべし、長なんどにつかへん者どもに召されたり上なんどかく上・面目なんど申すは・旁せんずるところ日蓮をいやしみてかけるか、総じて日蓮が弟子は京にのぼりぬれば始はわすれぬやうにて後には天魔つきて物にくるうせう房がごとし、わ御房もそれていになりて天のにくまれかほるな。
のぼりていくばくもなきに実名をかうるでう物ぐるわし、定めてことばつき音なんども京なめりになりたるらん、ねずみがかわほりになりたるやうに・鳥にもあらずねずみにもあらず・田舎法師にもあらず京法師にもにず・せう房がやうになりぬとをぼゆ、言をば但いなかことばにてあるべし・なかなか・あしきやうにて有るなり、尊成とかけるは隠岐の法皇の御実名かかたがた不思議なるべし。
かつ・しられて候やうに当世の高僧・真言・天台等の人人の御いのりは叶うまじきよし、前前に申し候上・今年鎌倉の真言師等は去年より変成男子の法をこなはる、隆弁なんどは自歎する事かぎりなし、七八百余人の真言師・東寺・天台の大法・秘法尽して行ぜしが・ついにむなしくなりぬ、禅宗・律僧等又一同に行いしかどもかなはず、日蓮が叶うまじと申すとて不思議なりなんどをどし候いしかども皆むなしくなりぬ、小事たる今生の御いのりの叶はぬを用つてしるべし・大事たる後生叶うべしや。
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