御書本文

常忍抄 始聞仏乗義
982ページ

 又彼が云く止観の行者は持戒等云云、文句の九には初・二・三の行者の持戒をば此れをせいす経文又分明なり、止観に相違の事は妙楽の問答之有り記の九を見る可し、初随喜に二有り利根の行者は持戒を兼ねたり鈍根は持戒之を制止す、又正・像・末の不同もあり摂受・折伏の異あり伝教大師の市の虎の事思い合わすべし。
 此れより後は下総にては御法門候べからず了性・思念を・つめつる・上は他人と御論候わば・かへりてあさくなりなん、彼の了性と思念とは年来・日蓮をそしるとうけ給わる、彼等程の蚊虻の者が日蓮程の師子王を聞かず見ずしてうはのそらに・そしる程のをこじんなり、天台法華宗の者ならば我は南無妙法蓮華経と唱えて念仏なんど申す者をば・あれはさる事なんど申すだにも・きくわいなるべきに其の義なき上・偶申す人をそしる・でう・あらふしぎふしぎ、大進房が事さきざき・かきつかわして候やうに・つよづよとかき上申させ給い候へ、大進房には十羅刹のつかせ給いて引きかへしせさせ給うとをぼへ候ぞ、又魔王の使者なんどがつきて候いけるが・はなれて候とをぼへ候ぞ、悪鬼入其身はよも・そら事にては候はじ、事事重く候へども、此の使いそぎ候へばよるかきて候ぞ、恐恐謹言。
 十月一日 日 蓮花押

始聞仏乗義

 始聞仏乗義 建治四年二月 五十七歳御作
 与富木常忍
 青鳧七結下州より甲州に送らる其の御志悲母の第三年に相当る御孝養なり、問う止観明静前代未聞の心如何、答う円頓止観なり、問う円頓止観の意何ん、答う法華三昧の異名なり、問う法華三昧の心如何、答う夫れ末代の凡夫法華経を修行する意に二有り一には就類種の開会二には相対種の開会なり、問う此の名は何より出る

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タイトル 聖寿 対告衆 述作地
常忍抄 56   身延
始聞仏乗義 57 富木常忍 身延

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常忍抄 始聞仏乗義 982ページ

 又彼が云く止観の行者は持戒等云云、文句の九には初・二・三の行者の持戒をば此れをせいす経文又分明なり、止観に相違の事は妙楽の問答之有り記の九を見る可し、初随喜に二有り利根の行者は持戒を兼ねたり鈍根は持戒之を制止す、又正・像・末の不同もあり摂受・折伏の異あり伝教大師の市の虎の事思い合わすべし。
 此れより後は下総にては御法門候べからず了性・思念を・つめつる・上は他人と御論候わば・かへりてあさくなりなん、彼の了性と思念とは年来・日蓮をそしるとうけ給わる、彼等程の蚊虻の者が日蓮程の師子王を聞かず見ずしてうはのそらに・そしる程のをこじんなり、天台法華宗の者ならば我は南無妙法蓮華経と唱えて念仏なんど申す者をば・あれはさる事なんど申すだにも・きくわいなるべきに其の義なき上・偶申す人をそしる・でう・あらふしぎふしぎ、大進房が事さきざき・かきつかわして候やうに・つよづよとかき上申させ給い候へ、大進房には十羅刹のつかせ給いて引きかへしせさせ給うとをぼへ候ぞ、又魔王の使者なんどがつきて候いけるが・はなれて候とをぼへ候ぞ、悪鬼入其身はよも・そら事にては候はじ、事事重く候へども、此の使いそぎ候へばよるかきて候ぞ、恐恐謹言。
 十月一日 日 蓮花押

始聞仏乗義

 始聞仏乗義 建治四年二月 五十七歳御作
 与富木常忍
 青鳧七結下州より甲州に送らる其の御志悲母の第三年に相当る御孝養なり、問う止観明静前代未聞の心如何、答う円頓止観なり、問う円頓止観の意何ん、答う法華三昧の異名なり、問う法華三昧の心如何、答う夫れ末代の凡夫法華経を修行する意に二有り一には就類種の開会二には相対種の開会なり、問う此の名は何より出る


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